長編小説『悪魔の正しい死に方』

2024年7月27日

目次
  1. 概要
  2. 注意書き
  3. 書籍版
  4. 主要登場人物
  5. 序章 悪魔的再会
  6. 第一章 悪魔で幼なじみ
  7. 第二章 悪魔殺害事件
  8. 第三章 悪魔が捧げる幸せ
  9. 第四章 悪魔を殺す悪魔
  10. 第五章 悪魔に誕生日を
  11. 第六章 悪魔は誓う
  12. 終章 悪魔の正しい死に方

終章 悪魔の正しい死に方

 目が覚める。天井はいつもと変わらない。息を吐くと、頭の中を大声がつんざいた。

『正継ー!! おはよー!!』

 思わず耳を押さえるが、黒永の声は大きいままだ。

『朝だよ! 起きて! おっはよー!』
「うっせぇアラームだな、わかってるよ」

 安藤は渋々起き上がり、台所から持ってきた菓子パンを食べる。

『今日は何するの~?』
「読書」
『えー! せっかくオレがいるのにぃ』
「お前がいようといなかろうと関係ない。俺は俺のペースで動く。言っとくけど読書中は邪魔すんなよ」
『オレがどこにいようとフヘンのルールだね、わかってるよ、ちぇ』

 安藤は読書をする。三冊目を読み終わる頃には三時を過ぎていた。

「昼飯作るか」
『何作る? ラーメン? ギョウザ? 担々麺?』
「全部お前の好きな中華メニューじゃねぇか。テキトーに冷凍チャーハンだよ」
『また栄養偏ったもの食べてる~』
「お前が挙げたのも大概だろ」

 チャーハンを作って食べる。黒永がうれしそうな声を上げる。

『チャーハンおいし~』
「文句言いつつ結局味わってんじゃねぇか」
『なんだかんだ冷凍物っておいしいよね』
「ま、確かにな。侮れねぇ」

 食後、読書を再開し、夕方になる。

『よし、今度こそ料理作ろ!』
「めんどくせぇ」
『やだー! オレは料理が作りたいの。冷蔵庫開けるよっ』
「ちょっ、おいっ」

 体が勝手に動き、冷蔵庫を開ける。

『なにこれ、スカスカなんだけど!』
「しょうがねぇだろ、めったに料理しねぇんだから、食材余ったって腐らせるだけだ」
『じゃ、買いに行こっ』

 体が腕から引っ張られ、つんのめりながら玄関に向かう。靴を履く前に自分の意思で足をとどめる。

「ちょっと待て、なんでお前、俺の体を操ってんだよ」
『あれ、なんでだろ? なんかできる気がして、やってみたらできちゃった』

 安藤はため息を吐く。

「俺、この先お前に振り回されっぱなしなのかな」
『でもそういうのが楽しいんでしょ?』にやついた声だ。
「自惚れんな。朝も言ったけど、俺は俺のペースで動く。俺が行くって決めたからスーパーに行くし、料理もする」
『ふ~ん?』
「ほら行くぞ。で、何作る気なんだ」
『スーパー行ってから決めよ!』
「無計画な奴だよまったく」

 スーパーへ行く道すがら、どんな料理が作りたいかを黒永と挙げ合った。

 夜になるまで黒永とああだこうだ言い合う。夜、布団に入った安藤は、傍らに置いていたイルカのぬいぐるみをなでた。

『気に入った?』
「まあな。最近はここになじんできてる」
『ふふん、オレが買ったんだよ』
「めちゃくちゃだだこねてな」

 黒永があくびをする。

『正継、おやすみ~』
「ん、おやすみ」

 黒永の声が止む。安藤は目をつむり、暗闇を見ながら考える。

 今日一日だけでもいろいろなことがあった。体を使ったわけでは無いのに、全身が疲労感に満ちている。

 京極いわく、一週間から一ヶ月は黒永がいる状態に慣れないとのことだ。黒永とは魂の機能で会話している。魂の機能は人間が使うには体力のいるもので、通常は訓練して身につけていくものだ。それを段階を踏まずにいきなり使っているのは、運動不足の人が全力でジョギングするようなものだそうだ。

 でも今日疲れているのはそれだけではないよな、と安藤は思う。とにかく黒永はやかましい。まず声がうるさいし、ああいえばこういうし、言葉でも行動でも安藤を振り回している。こんなのが毎日続くのか、と安藤はため息を吐く。

 ふと頭をよぎる。一年前の自分はどうしていただろう。無心で仕事をしていたか、無心で読書をしていたか。ずっとそうして過ごしてきた。その感覚は今でも思い出せる。死んでもいないが、生きてもいない、そんな時間だった。

 安藤は寝返りを打つ。明日は黒永より先に起きて驚かせてやろうと思った。


 黒永の魂と暮らし始めてから約一ヶ月経つ。

 安藤は黒永がいる状態に少しずつ慣れてきた。かつては言葉を口に出さないと黒永と会話できなかったが、今は頭の中だけで会話することができる。自分の思考と黒永との会話の区別もつくようになってきた。黒永の表情も少しだけ想像することができる。

 朝、朝食を食べていると、黒永がにやつく。

『ふっふっふ。正継、今日何か気がついたことない?』

 口はパンを食べたまま、頭の中で黒永と話す。

『誕生日おめでと』
『しょっぱい! 反応が!』

 わめく黒永を無視してパンを食べ続ける。黒永はしょぼくれた後『そういえば』と疑問を口にする。

『オレって何歳なんだろ? 二十? それとも死んだ日から数えて、ええと、十七?』
『確かにどう数えればいいんだろうな。ん……、俺と同い年でいいんじゃね』
『正継が言うならそれでいっか。じゃあ、オレもお酒飲めるね!』
『お前は前から酒飲んでただろ』
『正継に言われて止めたもん!』
『はいはい』

 安藤はパンの袋をゴミ箱に捨てる。縁に当たって外側に落ちる。安藤は四つんばいでゴミ箱に近づき、袋をゴミ箱に入れ直す。

『こーゆうのって、魂の機能? で浮かせられないのかな』
『どうなんだろうな。今度京極さんに聞いてみるか』
『えー、アイツにまた会うのかぁ。なんか苦手なんだよねアイツ』

 口をとがらせる黒永が見える。

『そう言うな。そうだ、今日仕事終わったら酒買いに行こう。好きなの買ってやる』
『やった! 何飲もうかなぁ』

 機嫌を直した黒永に安藤は苦笑する。

『飲むのは俺だけどな』
『つまりイッセキニチョーってヤツだね。正継と一緒に楽しめるわけだ』
『相変わらずポジティブな奴』

 安藤はパソコンの電源を入れて、仕事の準備を始める。準備をしながら考える。

 これからも日々は続いていく。いつか正しい死に方をするときまで生きていく。だが実際そうしていけるかはこれからにかかっている。

 それでも、と思う。黒永となら、そんな日々も過ごしていける。

 自分のことは自分で決めていく。いつだって正しさを疑って、それでも本当の正しさを選ぶ。何度も悩んで、誰かとぶつかって、転んで、手を差し伸べられて、また前を向いて歩いて行く。大事な人が幸せを望んでくれるなら、すべての責任を抱えて、それでもともに幸せになる。そうして人生の最後には、正しく生き抜いたと胸を張る。

 これが悪魔の正しい死に方だ。


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