十月毎日小説執筆企画まとめ
概要
- 2024年10月に行っていた十月毎日小説執筆企画の作品をまとめたものです。
- 自作品『となりのクラスの知らないあの子は天使になったんだ』『愛とはあなたを破壊する魔法』『悪魔の正しい死に方』が題材です。
随時更新です。完結しました。
おごりがい
2024/10/01
とな天
店内にいるのは、チャーハンをかき込むサラリーマンや酒をあおる老人。店に入るとき、煙草の匂いがした。店の中央の席を陣取る学生服のおれたちは浮いていた。
「ほら、好きなだけ頼め」利田先輩からメニューを手渡される。
九十とメニューを見る。ザ・町中華なメニューだ。九十は顔を上げる。
「ほんとにいいの、全部おごりで」
「普段の礼だ。たまには返させろ」
二人でメニューを決めて先輩に伝える。先輩は下唇を突き出したが、店員を呼んで注文をした。先輩はすでにメニューを決めていたようだ。常連なのだろう。
「ツクモ、もっと食えよ、育ち盛りだろ」
九十はオムライスのハーフを頼んだ。九十は申し訳なさそうだ。
「俺あんまり食べれなくて、先生にも食べ過ぎるなって言われてて……。それに金星くんに悪いし」
「ったく。西を見習え」
おれはハーフメニューを四つほど頼んだ。ハーフとはいえ、元の量が多いことは先輩から聞いていた。食べ応えがありそうだ。
「あ、でも」とおれは口を吐く。「おごりは一品でいいです」
「はあ? 金持ってんのか」
「転生者なので、神様から資金援助してもらってます。だから先輩のおごりは一品分だけいただきます」
先輩は肩を落とし、肘を突いて、眉間に指を当てる。そして大きくため息を吐いた。
「おごりがいのねぇ奴ら」
tarot
Ace of Wands / The Devil Rx. / 2 of Sword
ケーキ
2024/10/02
愛まほ
ケーキ箱を開けると甘い香りが顔にかかった。クリーム、チョコ、フルーツ、全てが溶け合って新しい香りを作っている。いやらしさというより可憐さだった。
俺の家に上がり込んだ伊方はケーキを土産に持ってきた。無魔法のケーキで、バンドメンバーの宇野くんに押しつけられたという。
去年、伊方の母親が死んだ後、改めて宇野くんと連絡をとった。それから彼は俺を気にかけてくれているらしい。真面目だ。
皿にケーキを並べる。俺はモンブラン、伊方はショートケーキ。それぞれ口に含む。
栗の香りが口内を包む。段々味の輪郭がはっきりしていく。栗を限界まで搾ったような濃さがありながら、余計な雑味はいっさい無い。柔らかなクリームは粘りがありつつ、するりと喉へ通っていく。
モンブランを食べ終えて、別のケーキを手に取った。
「まだ食べんの?」
伊方は目と口を丸くしていた。俺もぽかんとする。
「えっ、……あっ、悪い、勝手に取って」
「いや全部食っていいけど。珍しいからさ」
俺は目をそらし頬をかく。確かに普段ならケーキには無関心だ。美味い料理とは魔法産に限り、自分とは縁が無いものだった。
「宇野くんに店、聞いといてくれないか」
ん、と伊方が短くうなずく。
俺は結局五個のケーキを食べた。翌日、体重計を見て頭を抱える。見たこともない増え方。こうなるから神様は俺に体質を授けたんじゃないか、とすら思わせる。
しばらく有酸素運動を増やそうと決めた。
tarot
Temperance Rx. / 8 of cups / Queen of Pentacles
悪魔のささやき
2024/10/03
悪たし
小袋から注いだスープの原液は飴色に照っている。指先で少し取ってなめる。煮詰めた醤油と染み出る脂のうまみが混ざり合っている。スープだけで飯が食えそうだ。
すでにゆでていた麺と野菜をスープに入れる。仕上げに半熟のベーコンエッグを乗せる。今日の夜食の完成だ。
俺はあごをかきながらつぶやく。
「いいのか? これ今食って」
背後で浮いていた黒永がゆったり言う。
「い~よい~よ、夕ご飯の分だと思えば」
読書に没頭していた俺は夕食を取り損ねた。夜中の今になって腹の虫が空っぽだと叫び始めたのだ。
台所でラーメンを立ち食いする。麺の弾力と野菜の歯ごたえが口内で踊り合う。ベーコンエッグの黄身を割る。切れ味のあった醤油が黄身に包まれてまろやかになり、それでいてスープとベーコンの脂で、まろやかなまま味の芯がはっきりしている。
……このラーメン、付け合わせが欲しい。
冷蔵庫に向けた視線に黒永が気がつく。前屈みになり、口元に手を寄せると、にやつきながらささやいた。
「一回食べちゃったなら何回食べても一緒だよ」
「……まさしく、悪魔のささやきだな」
俺はおもむろに冷蔵庫を開ける。物色しながら冗談交じりに笑いかける。
「こういうことするから太るんだよな」
「運動すれば全部チャラだよ」
「……、明日の朝食抜きでなんとかならねぇか?」
「ならない。自分で運動して」
「そこは悪魔のささやきじゃねぇのかよ」
tarot
Ace of Wands / The Devil Rx. / 2 of Sword
捨てられない
2024/10/04
とな天
同じ表紙の二冊。一方には大きなコーヒー染み。おれはじっと見比べて、きれいな方をダンボールに入れた。ダンボールには「売る」と書かれた白い紙が貼ってある。
今日は大掃除の日だ。悦子さん曰く、ここ数年は一人暮らしだったので、秋冬にかけて少しずつ掃除していたらしい。
家の掃除はひとまず悦子さんに任せ、おれと九十は自室の掃除をしている。
部屋の物を箱に分けていく。描きためたスケッチブック、捨て忘れた付せん、収納に困ったDVD、積んでるゲーム。
手に取って眺めると一つ一つに思い出があった。おかげで捨てる用の箱がなかなか埋まらない。
空の額縁を手に取る。求めていたものと違うサイズを買ってしまい、空のまま隅に飾られていた。
そういえば九十が額縁を欲しがっていた。自分で描いた絵を入れたいらしい。
廊下に出て、九十の部屋を覗く。
床には物が敷き詰められている。本、ノート、画材、使用済み梱包材、謎の紙……。
正座した九十は、CDをにらみ、数分後、CDの塔の上に置いた。今度は本を持ち、にらみ、置く。
三つのダンボール、「売る、捨てる、しまう」、そのどれもが空っぽだ。
そっと自室に戻る。九十にこれを渡すのは酷だ。さらに捨てられない物を増やしてしまう。
つい笑いが漏れる。九十らしい悩みだ。本人は苦しいと思うけど。
自分の掃除を終わらせたら手伝いに行こう。悩むなら一緒に悩んだ方が楽しい。
tarot
Temperance Rx. / 8 of cups / queen of pentacles
意外な要望
2024/10/05
悪たし
黒永は眉間に思い切りしわを寄せている。目線の先には本。ページをめくる手は一回動いたっきりだ。しかめっ面のまま呆けた口をしているので、正直ちょっと面白い。
「本はどうだ」仕事の片手間に聞いてみる。
「……わかんない。何が書いてあるのかサッパリだよ」
俺は頭をかく。黒永に渡した本は、俺が小学生の頃に読んでいた本に近いものを選んだ。これで読めないとなると、この家には黒永に見合う本が無い。
先ほど、黒永が「本が読みたい」と神妙な顔で言った。ずいぶん意外な要望だった。どうやら藤沢さんに本が読めないことを馬鹿にされたらしい。それでムキになってるわけだ。
黒永はまだ苦悶の読書を続けている。
「無理して読むことねぇのに」
「だって」
唇をとがらせる。ぶつくさ言う。
「友達と同じことができないなんてイヤじゃん。友達がかっこいいならオレもかっこよくいたいんだよ」
黒永は本を逆さにし、下からのぞき込む。俺は呆れて柔らかく笑う。うれしくなってる自分に気づいた。
「お前は別のとこでかっこいいからいいよ」
「そーかな」
「そうだよ」
「……でもやっぱ、読める方がかっこいい。もうちょっとがんばる」
そう言って今度は腕を伸ばし、本から遠ざかる。
後でもっと簡単な本を勧めてやろう。
tarot
page of cups / 9 of pentacles / 10 of swords
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