十月毎日小説執筆企画まとめ

2024年10月5日

目次
  1. 概要
  2. おごりがい
  3. ケーキ
  4. 悪魔のささやき
  5. 捨てられない
  6. 意外な要望
  7. 赦し
  8. 家を燃やして
  9. 人間のふり
  10. エゴの献身
  11. 死の選択肢
  12. 悪魔の墓参り
  13. 天使の墓参り
  14. マニアの中のマニア
  15. 悪魔的ゲーセン
  16. 勇気と男気
  17. 誘惑
  18. 生者たちの答え
  19. 一手違えば
  20. 人生ゲーム
  21. 未来の過去の人
  22. 使わざるべき才能
  23. 約束しよう
  24. 夢からの贈り物
  25. 支配
  26. 純粋な
  27. 純粋に
  28. 幸福を願う
  29. 不安の影
  30. また会う日まで
  31. 特別な日
  32. ハロウィン
  33. おまけイラスト

概要

おごりがい

2024/10/01
とな天

店内にいるのは、チャーハンをかき込むサラリーマンや酒をあおる老人。店に入るとき、煙草の匂いがした。店の中央の席を陣取る学生服のおれたちは浮いていた。

「ほら、好きなだけ頼め」利田先輩からメニューを手渡される。

九十とメニューを見る。ザ・町中華なメニューだ。九十は顔を上げる。

「ほんとにいいの、全部おごりで」

「普段の礼だ。たまには返させろ」

二人でメニューを決めて先輩に伝える。先輩は下唇を突き出したが、店員を呼んで注文をした。先輩はすでにメニューを決めていたようだ。常連なのだろう。

「ツクモ、もっと食えよ、育ち盛りだろ」

九十はオムライスのハーフを頼んだ。九十は申し訳なさそうだ。

「俺あんまり食べれなくて、先生にも食べ過ぎるなって言われてて……。それに金星くんに悪いし」

「ったく。西を見習え」

おれはハーフメニューを四つほど頼んだ。ハーフとはいえ、元の量が多いことは先輩から聞いていた。食べ応えがありそうだ。

「あ、でも」とおれは口を吐く。「おごりは一品でいいです」

「はあ? 金持ってんのか」

「転生者なので、神様から資金援助してもらってます。だから先輩のおごりは一品分だけいただきます」

先輩は肩を落とし、肘を突いて、眉間に指を当てる。そして大きくため息を吐いた。

「おごりがいのねぇ奴ら」

tarot
Ace of Wands / The Devil Rx. / 2 of Sword

ケーキ

2024/10/02
愛まほ

ケーキ箱を開けると甘い香りが顔にかかった。クリーム、チョコ、フルーツ、全てが溶け合って新しい香りを作っている。いやらしさというより可憐さだった。

俺の家に上がり込んだ伊方はケーキを土産に持ってきた。無魔法のケーキで、バンドメンバーの宇野くんに押しつけられたという。

去年、伊方の母親が死んだ後、改めて宇野くんと連絡をとった。それから彼は俺を気にかけてくれているらしい。真面目だ。

皿にケーキを並べる。俺はモンブラン、伊方はショートケーキ。それぞれ口に含む。

栗の香りが口内を包む。段々味の輪郭がはっきりしていく。栗を限界まで搾ったような濃さがありながら、余計な雑味はいっさい無い。柔らかなクリームは粘りがありつつ、するりと喉へ通っていく。

モンブランを食べ終えて、別のケーキを手に取った。

「まだ食べんの?」

伊方は目と口を丸くしていた。俺もぽかんとする。

「えっ、……あっ、悪い、勝手に取って」

「いや全部食っていいけど。珍しいからさ」

俺は目をそらし頬をかく。確かに普段ならケーキには無関心だ。美味い料理とは魔法産に限り、自分とは縁が無いものだった。

「宇野くんに店、聞いといてくれないか」

ん、と伊方が短くうなずく。

俺は結局五個のケーキを食べた。翌日、体重計を見て頭を抱える。見たこともない増え方。こうなるから神様は俺に体質を授けたんじゃないか、とすら思わせる。

しばらく有酸素運動を増やそうと決めた。

tarot
Temperance Rx. / 8 of cups / Queen of Pentacles

悪魔のささやき

2024/10/03
悪たし

小袋から注いだスープの原液は飴色に照っている。指先で少し取ってなめる。煮詰めた醤油と染み出る脂のうまみが混ざり合っている。スープだけで飯が食えそうだ。

すでにゆでていた麺と野菜をスープに入れる。仕上げに半熟のベーコンエッグを乗せる。今日の夜食の完成だ。

俺はあごをかきながらつぶやく。

「いいのか? これ今食って」

背後で浮いていた黒永がゆったり言う。

「い~よい~よ、夕ご飯の分だと思えば」

読書に没頭していた俺は夕食を取り損ねた。夜中の今になって腹の虫が空っぽだと叫び始めたのだ。

台所でラーメンを立ち食いする。麺の弾力と野菜の歯ごたえが口内で踊り合う。ベーコンエッグの黄身を割る。切れ味のあった醤油が黄身に包まれてまろやかになり、それでいてスープとベーコンの脂で、まろやかなまま味の芯がはっきりしている。

……このラーメン、付け合わせが欲しい。

冷蔵庫に向けた視線に黒永が気がつく。前屈みになり、口元に手を寄せると、にやつきながらささやいた。

「一回食べちゃったなら何回食べても一緒だよ」

「……まさしく、悪魔のささやきだな」

俺はおもむろに冷蔵庫を開ける。物色しながら冗談交じりに笑いかける。

「こういうことするから太るんだよな」

「運動すれば全部チャラだよ」

「……、明日の朝食抜きでなんとかならねぇか?」

「ならない。自分で運動して」

「そこは悪魔のささやきじゃねぇのかよ」

tarot
Ace of Wands / The Devil Rx. / 2 of Sword

捨てられない

2024/10/04
とな天

同じ表紙の二冊。一方には大きなコーヒー染み。おれはじっと見比べて、きれいな方をダンボールに入れた。ダンボールには「売る」と書かれた白い紙が貼ってある。

今日は大掃除の日だ。悦子さん曰く、ここ数年は一人暮らしだったので、秋冬にかけて少しずつ掃除していたらしい。

家の掃除はひとまず悦子さんに任せ、おれと九十は自室の掃除をしている。

部屋の物を箱に分けていく。描きためたスケッチブック、捨て忘れた付せん、収納に困ったDVD、積んでるゲーム。

手に取って眺めると一つ一つに思い出があった。おかげで捨てる用の箱がなかなか埋まらない。

空の額縁を手に取る。求めていたものと違うサイズを買ってしまい、空のまま隅に飾られていた。

そういえば九十が額縁を欲しがっていた。自分で描いた絵を入れたいらしい。

廊下に出て、九十の部屋を覗く。

床には物が敷き詰められている。本、ノート、画材、使用済み梱包材、謎の紙……。

正座した九十は、CDをにらみ、数分後、CDの塔の上に置いた。今度は本を持ち、にらみ、置く。

三つのダンボール、「売る、捨てる、しまう」、そのどれもが空っぽだ。

そっと自室に戻る。九十にこれを渡すのは酷だ。さらに捨てられない物を増やしてしまう。

つい笑いが漏れる。九十らしい悩みだ。本人は苦しいと思うけど。

自分の掃除を終わらせたら手伝いに行こう。悩むなら一緒に悩んだ方が楽しい。

tarot
Temperance Rx. / 8 of cups / queen of pentacles

意外な要望

2024/10/05
悪たし

黒永は眉間に思い切りしわを寄せている。目線の先には本。ページをめくる手は一回動いたっきりだ。しかめっ面のまま呆けた口をしているので、正直ちょっと面白い。

「本はどうだ」仕事の片手間に聞いてみる。

「……わかんない。何が書いてあるのかサッパリだよ」

俺は頭をかく。黒永に渡した本は、俺が小学生の頃に読んでいた本に近いものを選んだ。これで読めないとなると、この家には黒永に見合う本が無い。

先ほど、黒永が「本が読みたい」と神妙な顔で言った。ずいぶん意外な要望だった。どうやら藤沢さんに本が読めないことを馬鹿にされたらしい。それでムキになってるわけだ。

黒永はまだ苦悶の読書を続けている。

「無理して読むことねぇのに」

「だって」

唇をとがらせる。ぶつくさ言う。

「友達と同じことができないなんてイヤじゃん。友達がかっこいいならオレもかっこよくいたいんだよ」

黒永は本を逆さにし、下からのぞき込む。俺は呆れて柔らかく笑う。うれしくなってる自分に気づいた。

「お前は別のとこでかっこいいからいいよ」

「そーかな」

「そうだよ」

「……でもやっぱ、読める方がかっこいい。もうちょっとがんばる」

そう言って今度は腕を伸ばし、本から遠ざかる。

後でもっと簡単な本を勧めてやろう。

tarot
page of cups / 9 of pentacles / 10 of swords


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