十月毎日小説執筆企画まとめ
幸福を願う
2024/10/27
とな天
「別にボクら、諦めてはないよ」
いつもの金兄なら吠えただろう。視線を掲示板に戻し「そうか」とつぶやいた。
廊下には夕日と影の格子模様。掲示板のポスターはボクが描いたものだ。仮装したキャラクターとカボチャのランタン。本来なら訪れるはずのなかった祭り。
九月一日より先のボクらは、きっとこんなに穏やかではなかった。
「お前は今の時間、好きか」
「らしくない質問だね」
「オレは好きだぜ」まっすぐな声。
「……ボクも好きだよ」迷う声。
冷たい風が薄く通り抜ける。日に焼けるポスターの横で自分の影が揺らめく。
「好きだからこそ怖い。ずっと続くわけないんだから。今までだってそうだったろ」
ボクより大きく伸びる影が細くなる。
「そうだ。だがオレたちはそんな時間を望んでいる。それは嘘にならねぇ」
廊下が暗闇に落ちていく。横目に見上げる。黒い影をボクは直視できない。知ってか知らずか、金兄は腰を落とす。
「オレたちは幸せになる。幸せが何度終わろうと、願う奴がいる限り諦めない。何度だって掴み直す」
オマエの目が想像できるよ。黒く沈んだ紫の瞳に、わずかな光が浮かんでいる。少し見開いて、瞬きも無くこちらを見つめているのだろう。それはあの人と違う瞳だ。
オマエはずっとオマエなんだな。
ボクは背を向けて歩き出す。
「じゃ、やってみれば。少しだけなら待ってあげるよ」
廊下の電気を付ける。明暗の境を踏み越えて、ボクは影の中に紛れた。
tarot
the sun / 4 of cups Rx. / the star Rx.
不安の影
2024/10/28
とな天
もう一度未来を選べるなら。
その一言に、弥くんは困った眉のまま笑おうとしていた。
空は赤と紫に割れている。太陽は山に陰る寸前まで今日最後の光を放っている。きみと俺の一面を強く照らし、道を越えて空っぽの田んぼまで影が伸びる。時々きみと歩幅を合わせようとして、俺の影の肩がきみの影の腕をかすめる。
俺は自分の言葉に付け足していく。
「悩まない人はいないと思う。俺もそうだから。それでも俺は、もう一度未来を選べても、同じ未来を選ぶ。俺の選んだ未来を愛しているから。他の未来は他の俺が愛しているだろうから」
弥くんは太陽から少し顔を背ける。田んぼを覆った茂みが晴れ、長く、濃く、影が伸びる。
「僕も迷う」
道先に視線を落としてつぶやく。
「それでも、本当に、もう一度未来を選べるなら、僕は違う未来を選ぶ。もっと幸せになる選択があったんじゃないか、そう思えて仕方ないから。僕は僕として幸せになりたいから」
「……そっか。きみの幸せを願う気持ち、知れてよかった」
弥くんはまぶたで瞳を押しつぶすように目尻を引いて、小さく笑う。
「君はいつだって強くて、尊敬する。僕には無いものだから」
岐路に立つ。きみは西へ、俺は東へ。手を振れば、きみは大きく手を上げ返し、道の角へ消える。
影は光の輪郭が薄れて全て夜になる。もう誰もきみの影を知らない。
tarot
4 of pentacles / 3 of wands Rx. / the sun
また会う日まで
2024/10/29
愛まほ
死者の国は生者のためにある。
店長が説いた言葉に驚きつつも納得した。その言葉は、後ろ向きで、前向きだった。
古本屋未来堂は形を変えつつある。改装というわけではない。毎日外を掃除したり、おすすめの本を置くコーナーを作ったり、イスと机を置いたり。
少しずつ客が来るようになった。薄暗くほこりに満ちていた店内は、人の気配が出入りするようになり、時々静かな談笑が聞こえるようになった。
俺も時々客と話す。運動会で起きた笑いある事件、野菜の値段、どこの子どもが何をしたか。他愛ない話だ。でもこんな話すら今まで俺の人生に無かったものだ。
煙草を見る回数が減っていることに気がついていた。……後ろめたかった。
「それでいいのだよ」
店長が仏壇でおりんを鳴らす。澄んだ音が響く。俺の前で祈るのは珍しい。
「私たちには会いたい人がいる。今会ってはいけない人がいる。その人に見せたい姿がある。その姿こそ生きる意味なのだよ」
「……たとえ、もう一度会えなくても?」
「会えるかどうかではなく、会いたいかどうかではないかな」
俺は思い出す。ある人は、世界が終わる日、神の魔法で全ての死者が復活すると説いた。天国、地獄、輪廻。死後の想像はみな生者のものだった。またある人は説く。宗教とは、納得して死ぬためにあるのだと。
胸ポケットに触れる。どれだけ幸せになっても俺が煙草を手放す日は来ないだろう。きっとそれでいい。
もう一度会えたらこの煙草を返すよ。それまではあの世で禁煙でもしてろよ。
tarot
queen of pentacles / 4 of cups Rx. / the hanged man Rx.
特別な日
2024/10/30
悪たし
商店街の空を横切るガーランド。花壇や店先に置かれたカボチャの数々。オレンジ色の電灯が夕暮れの中でほのかに光る。ハロウィンを前日に控え、町は浮かれていた。
『ねぇねぇ正継』
黒永が数回腕を揺らす。揺れた方を見ると、かぼちゃ型の紙製サンバイザーを被った子どもたちが歩いていた。辺りをよく見ると、ネコ耳やおばけもいる。サンバイザーの片隅に商店街のマークがあった。
『あれ欲しい!』
『あんなん結局ゴミになるだろ』
『やだあ~欲しい~欲しいよ~』
俺はため息を吐く。道中でサンバイザーを配っている人がいた。かごから魔女帽子型のものを受け取り、頭に付ける。
『オレ、ちょっと驚き』
『はあ?』
『まさか付けてくれるなんて』
自分でも驚く。確かに昔の俺なら、よしんば貰っても付けはしなかっただろう。
サンバイザーを付けたまま町を歩く。頭を締める紙の感触に慣れない。道行く人の頭を見る。あの人はかぼちゃ、あの人はネコ。それっぽいな、意外だな。いつもとは違う目で世界を見ているような気分だ。
バックミュージックのワルツに合わせて足が浮く。俺も十分浮かれている。でもこの感覚は、悪くない。
『かぼちゃ料理でも買って帰るか』
『いいね! お菓子も買お』
『あんま食い過ぎんだよ、俺のカロリーになんだから』
ふてくされる黒永に笑いが漏れる。ま、たまにはいいよ。今日は特別な日だからな。
tarot
4 of pentacles / queen of pentacles / queen of wands
ハロウィン
2024/10/31
とな天・愛まほ・悪たし
俺の二倍以上背のある老魔女が、聞いたことのない異国の呪文と共にお菓子をくれる。オレンジ色のカボチャのあめで、少し透けて淡く光っている。「ありがとう」と言うと、軋んだ声で笑い返してくれた。
今日は町でハロウィンのお祭り!
……なんだけど、ちょっとしたアクシデント。ニシくんいわく、神様の世界で問題が起こって、いろんな世界の人がこの町に集まっちゃったんだって。だから俺より小さい小人や、ミイラ、悪魔の翼が生えた牛、いろんな生き物が集まっている。
これはすごいチャンスだよ。
今日のお祭りは、皆お菓子を持って参加する――持ってない人は受付で貰うこともできる。いろんな人とお菓子を交換して、たくさん集めた人が優勝だ。
絶対優勝するぞ。いろんな世界の生き物とお菓子も楽しみだ。
ハロウィンの楽しみ方は人それぞれ。
佐久真さんは魔法に触れないらしい。でも今日は魔法が効かなくなるお菓子を貰ったから、好きなだけお菓子を食べるんだって。煙草型のお菓子を交換してもらったよ。
安藤さんはおしゃべりも楽しんでる。知らない世界の知識が面白いんだって。「何に使うわけでもないけど」って苦笑いしてた。赤くて辛いチョコを交換してもらった。
用意してたお菓子は全部無くなっちゃった。代わりに色とりどりの不思議なお菓子がかごをいっぱいにしてる。何十個交換しただろう。これは優勝に違いない!
最終的に、俺は準優勝。優勝はお菓子の世界の商人。即興お菓子市場で自分の世界のお菓子を売りさばいたって。そんなあ。
――来年こそは優勝するぞ!
tarot
the world / wheel of Fortune / the fool
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