十月毎日小説執筆企画まとめ
マニアの中のマニア
2024/10/13
とな天・悪たし
あの本よかったよな。二五六ページの四行目。あれって著者の親友の言葉なんだ。あのまぼろしの画板の裏に書き殴ったやつ。ここまで言って通じる人間がこの世にどれだけいるだろう。ましてや口頭で。
「そっち!? ボク小説の方かと思っとった」
PCの通話アプリから聞こえる若々しい声。ビデオは無いが、「日ざし」くんの興奮は耳に伝わる。
「さすが『本口』さん、マニアックやね」
俺は照れつつ内心舞い上がっていた。伊達に本まみれの部屋に住んでいない。
最近ネットで知り合った日ざしくんは、畑違いだがお互い本好きで意気投合した。俺は早口で続ける。
「小説は百ページかな。没作品『曇天道楽』の原稿を貰ったお礼のオマージュなんだ」
「へえ! そういえば曇天道楽って出版されとるらしいで」
「え、知らん! どこ情報」
「没落評論家速報」
「いやデマサイト!」ついノリツッコミが出る。「半分はデマで有名なサイトじゃん」
「でも半分は当たるわけ。『――巧妙な嘘と杜撰な真実、君はどちらを信じる?』」
したり顔で演じる言葉は、少し遅れた電波の声と重なる。
「『そりゃあ私が作り上げた至上の事実さ』」
決まった! 額を抱えながら大きくため息を吐く。やっぱここは同作者の処女作『没落探偵』の四二〇ページ一行目だよな。
「没評速報もこれ載せてるから憎めない」
「わかるー」
そんな話を朝まで続ける。後で黒永に「なんでそんな話で盛り上がれるの?」と白い目で見られた。
tarot
qween of pentacles / 6 of wands / knight of cups Rx.
悪魔的ゲーセン
2024/10/14
とな天・悪たし
悪魔のゲームセンターに入ってしまった。経営者は悪魔、客もほぼ悪魔。暗い店内にネオン風のカラフルな光が浮かび上がる。一度遊ぶだけで法外な金額が飛ぶ。一度遊ばないと店を出られない。詰んだか……?
そう思った矢先、おれはある悪魔と対戦することになった。金は向こう持ちだと。
二メートル超えの身長。真っ黒な肌とスーツ。赤い角。黒永と名乗った。
端麗な顔が妖しく笑う。その顔は二時間後大きく崩れることになる。
黒永は格ゲーの筐体に突っ伏す。
「もー! なんで勝てないのー?!」
眉を寄せ、歯を食いしばり、腕全体で台を叩く。
「カモにできそうだから誘ったのに!」
「あ、そうなんだ」
「そのボケ顔腹立つ! もっと怒れよ!」
その罵り方は初めてだな……。
「とりあえずほら、負けたから」
「ぐぬぬ……」
黒永が差し出した顔に、おれはペンで丸を描く。今日だけで両手に収まらないほど丸を描いた。このゲーセンでは、勝者が指定したペナルティを敗者に与えられる。
「悔しい、悪魔なのにこんな生ぬるい罰」
「生ぬるくて良かったとはならないんだ」
「次は勝つ! 今度はこっちのゲーム!」
「そろそろ帰りたいんだけど……」
「オレが勝ってキミの魂を奪うまで続けるから」
絶対お断りしたいやつでは?
まあ、しばらく付き合うか。テキトーなとこで帰ろう。
tarot
ace of pentacles / the magician / ace of wands
勇気と男気
2024/10/15
とな天・悪たし
ひったくりを捕まえた。つっても俺は「ひったくりだ」と指を指して叫んだだけ。叫んだ次の瞬間、ショッピングモール上階から人が飛び降りて、ひったくりの首根っこを押さえつけてしまった。
警察に犯人を引き渡した後、捕まえた張本人に話しかけられた。縦幅も横幅も十分な褐色肌の男。学ランを肩に羽織り、いかめしい顔つきでこちらを見下ろす。
俺は身構える。彼は歯を見せて笑うと、少しかがんで俺の肩を軽く叩いた。
「サンキュー兄ちゃん、手前の勇気のおかげで奴を捕まえられた」
あっけにとられる。どもりながらも言葉を返す。
「いえ、俺は何も。ちょっと叫んだだけで」
「そのおかげで犯人の居所がわかった。居所がわかんなきゃ追いかけられねぇからな」
……それはないんじゃないか? 上階から飛び降りてすぐ犯人を目視し、着地の反動無く動き出せる身体能力なら、どうにでもなるのでは。いや、言わないが。
彼と別れた後、思う。彼は勇気と言ったが、俺のは勇気じゃない。本当に勇気があるなら犯人を追いかけてるはずだ。だが俺が追いかけても追いつかない、そう判断し、最低限できることをと思い叫んだまでだ。
何かしなければ気が済まなかっただけだ。
俺は元いた本屋へと戻る。こういうのに巻き込まれるのはもうこりごりだ。今日の残りは優雅に本巡りをして過ごそう。
その後、俺は悪魔がらみの事件に巻き込まれ、件の彼、利田と共に事件を解決することになる。……俺はショッピングモールに呪われているのか。
tarot
ace of wands / the emperor / the world
誘惑
2024/10/16
愛まほ・悪たし
大柄な体躯、黒い体、赤い角、悪魔の翼。横に流した前髪を指でなぞり、男は笑う。
「キミの願いを一つだけ叶えてあげるよ」
窓の前に現れた悪魔から、テレビに目を戻す。俺は短く言い放つ。
「必要無い」
悪魔の顔がテレビをさえぎる。
「そんなこと言ってー。人間なんだから、願いの一つくらいあるでしょ」
「あったとして君には言わない」
「警戒されてるなー」へらへらと笑う。
悪魔の瞳が視線に絡む。つい凝視する。
「なるほど、それがキミの願いなんだね」
瞬きした瞬間、目の前に別人が現れる。
よれたジャージズボン、ボロボロのパーカー、黒が混じる金髪。にやついたつり目。
「伊方」つい口をつく。
伊方はぶっきらぼうにあぐらをかき、猫背をさらに曲げて、俺と顔を突き合わせる。
「サクマ」甘い猫なで声。「オレはずっとオマエの側にいるし、二度といなくならない。オマエの願い、叶えさせてくれよ」
息を呑む。呑んだ息を力を込めて吐き出す。吸って、言葉を吐く。
「断る」
「えーっ」表情が崩れる。
立ち上がり風呂場に向かう俺に、悪魔がついてくる。子どものように跳ね回る足取りは伊方に似ても似つかない。
「なんでー、オレの変身すごいでしょー?」
「所詮偽物だ」
「じゃあ本物蘇らせてあげる!」
「いい。その選択は二度とごめんだ」
悪魔は腕を組んでうなる。君がどれだけ心を読もうと、願いを知ろうと、俺が「選ばない」理由を理解できないだろう。
tarot
ace of wands / the devil Rx. / 2 of swords
生者たちの答え
2024/10/17
とな天・愛まほ
なぜ遺された者は生きるべきか。死者を悲しませるなとか、命は尊いとか、きれい事はいらない。オレは答えが知りたいんだ。
「答えはないよ」
少年が静かに言う。隣に座る少年は、暗い褐色肌に黒髪という、この田舎に似合わない見た目をしていた。
一ヶ月前、実家の前でボーッとしてたオレに、この九十という少年が声をかけてきた。それから何度も来ている。正直うぜぇ。
「なら死ねってことかよ」低く返す。
「伊方さんは死にたいの?」
口ごもる。視線を落とす。
「きっとどっちもだよね」
「わかったような口利くな」
「そうだね。でも俺、わかっちゃうから」
九十は曲げた脚に両腕を乗せ、体重をかける。ここではない遠くを見つめる。
「俺らは最初から生きたいし死にたいんだ。大事な人に遺されたならなおさら。そのどうしようもない矛盾に答えを出すために生きていく。死者を悲しませないことも、命は尊いことも答え。皆違う答えを見つけて、自分の答えのために生きていくんだ」
膝を倒し、オレへと向きなおる。困ったような眉と細めた目で笑う。
「俺はあなたの答えを見つける助けになれたらうれしい」
九十は「また来ます」と言って帰った。
九十の話はよくわからねぇ。大事な所をずっと遠回りしているような言葉ばかりだ。また来ると思うとむしゃくしゃする。同時に、九十の言葉を待っている自分にも薄々気がついていた。
アイツの言葉にすがることが、今できる精一杯の、オレの生き方だった。
tarot
the star / page of swords Rx. / king of cups
一手違えば
2024/10/18
とな天・愛まほ
こいつさえいなければ。そう思ったとき、手を出すか、出さないか。たった一手の違いで人生が大きく変わる。君と俺のように。
黒井弥吉という青年がいる。俺より背が高く、金髪にピアスという風貌に反し、物腰は穏やかで真面目。黒井君は魔力過敏症で、魔力の中にいると体調が悪くなる。現状正式な病ではない。
実家へ帰省した際、道に倒れていた黒井君を介抱したのが出会いだった。
俺たちは意気投合した。生活の苦労あるあるについて話したり、魔法を避けるコツや便利グッズの情報を共有したりした。
君とは物事の最初に注目する点が同じだった。君が話すと思考を先読みされたように感じる。伊方とはまた違う視点で価値観を分かち合える存在だった。あの日までは。
ある朝テレビニュースで知る、壊滅した故郷の姿。町民全員が「天使」になった。天使は未知の魔法現象だ。人間が天使になるのはすなわち死を意味する。
町を壊滅させた一人が黒井君だという。彼への電話は繋がらない。
君は後に、この時代で最も非道な大悪党として名を知られることになる。
一手違えば、俺は君だった。
生活のハンデ。孤独。自己否認。停滞した人生への恐怖。社会への憎悪。すべての過ちを象徴する一人。
最後の一手。これで世界を変えなければいけない。そう思う瞬間が俺らにはある。君と俺を分かつのは、それができたかどうかでしかない。
俺たちが交わることはもう無い。だから世界の端からこの言葉を贈る。
それでも俺は君の友達だ。
tarot
knight of pentacles Rx. / 3 of cups / queen of pentacles
人生ゲーム
2024/10/19
とな天・愛まほ・悪たし
セピア色の人生ゲームを広げる。「落ち着いた雰囲気」と俺が、「地味だな」と佐久真さんが、「ここまで楽しくなさそうな人生ゲームは初めてだ」と安藤さん言う。
ひょんなことから出会った俺たちは、ひょんなことから手に入れた人生ゲームを遊ぶことになった。人生ゲームは和室によくなじんでいる。
「じゃあ俺からやります」
思いっきりルーレットを回す。空回りして出目は三。一つずつマスを移動する。
「ええと、謎の組織に誘拐され死にかける、一億円失う……」
肩を落とす俺は安藤さんに慰められる。
「まだ序盤だ、生きてりゃ割となんかなる」
「次は俺だな」
ルーレットは勢いよく回って、五。コマでマスを順に小突き、止まる。
「一家心中で自分だけ生き残る。家族コマを全て失う。一回休み」
「人生の序盤に置くマスじゃねぇ」
「あの、生きてればなんとかなるよ!」
「最後は俺か。嫌な予感しかしない」
指ではじくように回して十。目で道を追い、コマを置く。
「大事な人が死ぬ。十回休みか、コマを一つ犠牲にして大事な人を蘇らせるか選ぶ」
「二者択一がすぎるよ」
「その、生きてればこの先なんとかなるぞ」
その後も俺たちはなんとも言いがたいマスに止まり、最後まで壮絶な人生を送った。三人とも終始渋い顔をしっぱなし。
「やるだけで疲れる人生ゲームだった」
「でもなんか、他人事って感じがしなかったな。それが余計しんどいんだけど……」
「俺もだ。それぞれ苦労してるんだな」
tarot
queen of pentacles / the moon Rx. / ace of cups Rx.
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