十月毎日小説執筆企画まとめ

2024年10月5日

目次
  1. 概要
  2. おごりがい
  3. ケーキ
  4. 悪魔のささやき
  5. 捨てられない
  6. 意外な要望
  7. 赦し
  8. 家を燃やして
  9. 人間のふり
  10. エゴの献身
  11. 死の選択肢
  12. 悪魔の墓参り
  13. 天使の墓参り
  14. マニアの中のマニア
  15. 悪魔的ゲーセン
  16. 勇気と男気
  17. 誘惑
  18. 生者たちの答え
  19. 一手違えば
  20. 人生ゲーム
  21. 未来の過去の人
  22. 使わざるべき才能
  23. 約束しよう
  24. 夢からの贈り物
  25. 支配
  26. 純粋な
  27. 純粋に
  28. 幸福を願う
  29. 不安の影
  30. また会う日まで
  31. 特別な日
  32. ハロウィン
  33. おまけイラスト

赦し

2024/10/06
愛まほ

頬が切られたかと思った。しびれる左頬。女はまた手を振り上げ、オレの頬を叩いた。

男たちが女を抑える。女は悲鳴を上げて暴れる。少し言葉が聞き取れた。

「あなたのせいで、旭が、あの子が」

女は引きずられて廊下の角へ消えた。

佐久真は死んだ。警察が一応事件として捜査してる。オレは事情聴取が終わったとこ。あの女は死体を迎えに来たんだろう。

廊下の角から一人、男が戻ってきた。長身、短髪、がたいのよさ。佐久真の父親だ。歩き方が佐久真に似てる。

男は微笑み、落ち着いた声で言った。

「伊方くんのせいではないよ」

思わず「は、」と声が出る。

「……お前、バカかよ」大声でまくし立てる。「犯罪なんだよ蘇生魔法は。死刑より重い。それをさせたヤツがいるのに佐久真のせいっつーのかよ、それでも親か」

「親だからこそさ。旭は馬鹿じゃない。蘇生魔法が何か理解して、それでも使った。ならその心を汲んでつなげていくのがおれの役割だ」

一歩、踏み込まれる。目が細まる。

「何度でも言う。君のせいじゃない」

体から力が抜けた。膝から落ちる。体が震え、喉が熱くせり上げる。涙が湧く目を押さえ込み、肘から床に這いつくばる。泣きたくない。泣いていい人間じゃない。一番泣きたいヤツが目の前にいることくらいわかる。

肩に手が置かれる。暖かかった。

「旭と友達になってくれてありがとう」

手を振り払う。泣きわめく。言葉にならない声。ただ少し、耳を通り過ぎた言葉。

「責めてくれたら、どれだけいいか」

tarot
Judgement Rx. / ace of cups Rx. / The Hierophant

家を燃やして

2024/10/07
とな天

家を燃やそう。何度も思った。こんな家さえ無くなれば、ボクはどこかへ行ける。

実際、燃やさなかった。ボロ小屋を失って行き着くのはもっとボロい犬小屋だ。幼いボクがどうやって逃げられるというのか。子ども対大人のかくれんぼが始まるだけだ。第一、逃げてどこへ行く。子どもにできることはたかがしれてる。

それでも、家を見る度に、家を燃やそうと思った。

今ボクは、大事件を起こして逃げてきたとこ。会山町天使事件とでも呼ぼうか。

事件後のために用意していた一時拠点は、ボクの家に似てわびしい。打ちっぱなしのコンクリ。孤独な裸電球。家具の少なさならここが勝つ。机、ソファ、以上。

ソファに寝転ぶ。スプリングがきしむ。床とどっちに寝るのがマシか。

ボクは口角を持ち上げる。白上零こと黒井弥吉が怪訝な顔でのぞき込んでくる。

「何がおかしい」

「家を燃やせたんだなって実感してさ」

眉間がさらに狭まる。

「家を燃やそうと思ったことはない?」

「……、ある」

「だろ。やり方は違うけど、ボクらは成し遂げたんだ。帰る場所なんてもうない」

「……楽しそうだな」左の口角を引く。

黒井はボクに背を向ける。

「外を見てくる。安全確保次第会議開始だ」

「りょ~かい」

部屋を出る黒井にひらひらと手を振った。

ここがしばらくの家。でもすぐどこかへ行く。これは終わりじゃない、始まりだ。子どもだって行きたいとこへ行けること、証明してやろうぜ。

tarot
5 of cups Rx. / the sun Rx. / 10 of pentacles Rx.

人間のふり

2024/10/08
悪たし

「皆がね、正継も一緒に行こうって」

黒永のスマホには、テーマパークのウェブサイト。

「どう断る?」

制服を着崩した黒永は、髪には整髪剤、顔には薄らメイクを施している。こんななりだが進学校であるうちでも人気者だ。この人なつっこい笑顔がモテるとか。

俺は模範的着用法、仏頂面。道を歩く俺たちはどういう組み合わせに見えるのか。

俺は手元の本に視線を落とす。

「テキトーに」

「もう、いっつもオレ任せなんだから」

「まずお前が持ち込んだ厄介事だ」

「そうだけどー」

膨らんだ頬はすぐしぼみ、口角と共に持ち上がる。

「ま、人間とのなれ合いはオレの仕事だね」

バス停の列に並ぶ。目の前の学生たちが円形に集まっている。手にはゲーム機。同じ制服。校則違反だ。よくやるよ。

彼らは画面を突き合わせ、声を上げて笑い、背をそらして笑い、肘で小突き合う。

「正継には無理だよ」

ドキリとする。見上げる。黒永はニコニコしている。

「正継ゲームやったこと無いじゃん」

「……元々やるつもりは無い」

「ふーん」

俺は本を読みつつ、前を盗み見る。

周囲への迷惑も校則違反も気にしない、所詮目先の楽しさに釣られている人間たちだ。勝手にやってればいい。俺はしない。

――俺に人間のふりはできない。

手が力む。本当にそれでいいのか。

「いいよ」と、上から聞こえた気がした。

tarot
4 of pentacles Rx. / 8 of cups Rx. / the world

エゴの献身

2024/10/09
とな天

かごに入った大量のメロンパン。ダンは一つ取り出し、円いシールを剥いで紙に貼る。点線の枠から大きくずれている。同じシールが同じような雑さで集まっていた。

「君にしてはマメだな。貼り方は雑だが」

「わかりゃいいの」パンを口に押し込む。

用があり令城家を訪れた僕に合わせて、ダンは夕食を食べ始めた。端的に言えば嫌がらせである。つくづく性悪な男だ。

ダンの手元の紙を見る。懸賞の応募用紙で、シールを規定枚数送るとアニメグッズが当選する。九十家でも収集している。

「君はその作品に興味が無いはずだが」

「ボクはね。西クンは好き」

眉間に力がこもる。つまり懸賞のグッズは西勇人に渡し、その貢献で間接的にヒサに媚びを売ろうというわけだ。

「利己的だな」

「オマエは嫌いだろうね、不純な献身とか」

ダンは水を飲み、口内の物を喉へ流し込む。パン袋を丸めてゴミ箱に投げる。食事開始から数分。随分な早食いだ。人のことは言えないが。

「でも、それでいいんだってさ」頬杖を突く。「人の動機なんてそんなもん。それでも人を助けられるなら、それはしてよかったことなんだ。……これ、受け売りね」

自嘲気味に笑う。僕は目をそらす。誰の言葉か心当たりがある。

僕はパンを手に取り、開ける。甘い匂いに顔をしかめるが、息を止めて食べる。

「人んちのパンだよ」にやりと笑う。

「この量では期限までに食べきらないだろう。食品ロスを見過ごせないだけだ」

「ボクはカビても食べるけど」

「……、さすがに止めろ」

tarot
9 of wands / 9 of cups Rx. / the hierophant

死の選択肢

2024/10/10
愛まほ

手元にはいつだって死ぬ選択肢がある。取り出した煙草の箱は端が少し欠けていた。箱全体に潰れた跡が残っている。元の持ち主の乱雑な管理が目に浮かぶ。

俺は煙草をジャケットにしまう。

今日も人生は変わらない。寂れた裏路地、閑古鳥の鳴く古本屋。カウンターで商品を読んでいればいつの間にか夜になる。家に帰ればテレビをぼんやり眺めながら夕食を終えて、寝る。

変わったのは、伊方がいないこと。

伊方の葬式は先日終えた。多くの人が伊方のために泣いていたのを覚えている。

俺は、泣けなかった。自分でも冷たい人間だと思う。それとも俺が泣いたら責められるだろうか。殺した張本人が、と。薄ら自嘲する。

今日も店番と読書。章の区切りで本を置き、ジャケットから煙草を取り出す。

箱の側面をなでる。紙の質感がありながら指の引っかかりが無い。少し揺らすと中で物が転がる音がする。片手で箱を開けて、そろった吸い口を見つめる。

もう一つ、変わったのは。死ぬ選択肢が増えたこと。

ふとしたときに煙草を眺める。箱を開けたり、一本取り出したりすることもある。……だが大抵、元通り箱を収めて、ジャケットにしまう。一番心臓に近いところへ。

俺はずっとこうして生きていくのだろう。あの日の選択を何度でも繰り返す。そして何度でも同じ選択をする。

この煙草がある限り何度でも選ぶし、選べる。

俺は生きていく。お前がいない日常を。

tarot
queen of pentacles / 5 of cups / the moon

悪魔の墓参り

2024/10/11
悪たし

悪魔に骨は残らない。死んだ時点で体を失うからだ。それでも俺たちは墓を建てた。

秋の彼岸を過ぎ、冬支度を控えるこの時期は、墓地に人が少ない。冷たい風が通り過ぎ、コートの襟を深く重ね合わせる。

『お墓ってどれも同じに見えるなぁ』頭の中で黒永の声が鳴る。

『わからんくはない』俺も頭の中で返す。

大口家の墓に着く。石はまだ新品の輝きを残していたが、少し黒ずみが目に付く。軽く合掌し、墓石を掃除する。道すがら買った花を供え、もう一度深く合掌する。

死神曰く、魂に由来する物が集まる場所はあの世に祈りが届きやすい。墓参りは合理的習慣なのだ。祈りに合理性を見いだすのは、自分でもどうかと思うが。

あなたならどう言うでしょうか。……きっと夢のあるたとえ話をするでしょうね。

俺は手を下ろす。

『何を祈ったの?』

『特には』

『えー。オレはちゃんと祈ったよ』

『はぁ、お前が? 何を』

『正継はオレが守るから安心してって』

『魂だけの存在のくせに』鼻で笑う。

『笑ったなー!? ならこうしてやるっ』

右腕が強く振り上げられ、出口の方へ引きずられていく。

『おいっ、止めろっての!』

引きずられる中、振り返る。墓に向けて自然と笑みがこぼれる。

父さん。俺は幸せです。あなたがいてくれたから、今、こうしていられます。

また会いに来ます。また話しに来ます。あなたと共に眠るその日まで。

tarot
3 of swords Rx. / the high priestess / page of cups

天使の墓参り

2024/10/12
とな天

天使の墓は誰も知らねぇ。天使に近しい者を除けば。

天専研の一角にある霊園には統一された墓石が並ぶ。オレとツクモは黒吉とレイの墓を訪れた。喪服を模した天専研職員の制服はこの場に似つかわしい。

墓の掃除は他の職員がやっている。ツクモが花を供え、オレが線香を立てる。

ツクモは墓前にしゃがみ、楽しげに話す。仕事が大変なこと、施設で迷子になったこと、職員用娯楽施設でルーレットの大当たりを出したこと。

自身のことも話した。ツクモは天使の力の制御を修行している。今後の技術向上と研究進展で多くの人間を救える。天使の社会復帰や職員の実質的軟禁の緩和等々。

「金星くんも大活躍だよ」

オレは目をそらし頬をかく。

「すごい体質なんだって。研究も進んでるし、率先して現場に出てて尊敬されてる」

「おい、んな報告すると馬鹿にされるだろ」

喉を鳴らし、声を低めて仰々しく話す。

「ヒサに遠く及ばない功績でよくふんぞり返っていられる……とか言ってるぜ」

ツクモが吹き出し、笑みと癖を含んだ高い声を出す。

「せいぜい組織の犬として馬車馬のように働くことだね~、って言ってるよ」

「ははっ、違いねぇ」

話しながら空想の返しを出し合う。

黒吉、レイ。そっちはどうだ。……地獄は苦しいか。お前らが残したものは無駄にしない。お前らがぶち壊した世界の未来は希望に変えてやる。

せいぜい地獄で笑っとけ。次会うときは、美味い酒でも飲み交わそう。

tarot
the hermit / the star / justice


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