十月毎日小説執筆企画まとめ
赦し
2024/10/06
愛まほ
頬が切られたかと思った。しびれる左頬。女はまた手を振り上げ、オレの頬を叩いた。
男たちが女を抑える。女は悲鳴を上げて暴れる。少し言葉が聞き取れた。
「あなたのせいで、旭が、あの子が」
女は引きずられて廊下の角へ消えた。
佐久真は死んだ。警察が一応事件として捜査してる。オレは事情聴取が終わったとこ。あの女は死体を迎えに来たんだろう。
廊下の角から一人、男が戻ってきた。長身、短髪、がたいのよさ。佐久真の父親だ。歩き方が佐久真に似てる。
男は微笑み、落ち着いた声で言った。
「伊方くんのせいではないよ」
思わず「は、」と声が出る。
「……お前、バカかよ」大声でまくし立てる。「犯罪なんだよ蘇生魔法は。死刑より重い。それをさせたヤツがいるのに佐久真のせいっつーのかよ、それでも親か」
「親だからこそさ。旭は馬鹿じゃない。蘇生魔法が何か理解して、それでも使った。ならその心を汲んでつなげていくのがおれの役割だ」
一歩、踏み込まれる。目が細まる。
「何度でも言う。君のせいじゃない」
体から力が抜けた。膝から落ちる。体が震え、喉が熱くせり上げる。涙が湧く目を押さえ込み、肘から床に這いつくばる。泣きたくない。泣いていい人間じゃない。一番泣きたいヤツが目の前にいることくらいわかる。
肩に手が置かれる。暖かかった。
「旭と友達になってくれてありがとう」
手を振り払う。泣きわめく。言葉にならない声。ただ少し、耳を通り過ぎた言葉。
「責めてくれたら、どれだけいいか」
tarot
Judgement Rx. / ace of cups Rx. / The Hierophant
家を燃やして
2024/10/07
とな天
家を燃やそう。何度も思った。こんな家さえ無くなれば、ボクはどこかへ行ける。
実際、燃やさなかった。ボロ小屋を失って行き着くのはもっとボロい犬小屋だ。幼いボクがどうやって逃げられるというのか。子ども対大人のかくれんぼが始まるだけだ。第一、逃げてどこへ行く。子どもにできることはたかがしれてる。
それでも、家を見る度に、家を燃やそうと思った。
今ボクは、大事件を起こして逃げてきたとこ。会山町天使事件とでも呼ぼうか。
事件後のために用意していた一時拠点は、ボクの家に似てわびしい。打ちっぱなしのコンクリ。孤独な裸電球。家具の少なさならここが勝つ。机、ソファ、以上。
ソファに寝転ぶ。スプリングがきしむ。床とどっちに寝るのがマシか。
ボクは口角を持ち上げる。白上零こと黒井弥吉が怪訝な顔でのぞき込んでくる。
「何がおかしい」
「家を燃やせたんだなって実感してさ」
眉間がさらに狭まる。
「家を燃やそうと思ったことはない?」
「……、ある」
「だろ。やり方は違うけど、ボクらは成し遂げたんだ。帰る場所なんてもうない」
「……楽しそうだな」左の口角を引く。
黒井はボクに背を向ける。
「外を見てくる。安全確保次第会議開始だ」
「りょ~かい」
部屋を出る黒井にひらひらと手を振った。
ここがしばらくの家。でもすぐどこかへ行く。これは終わりじゃない、始まりだ。子どもだって行きたいとこへ行けること、証明してやろうぜ。
tarot
5 of cups Rx. / the sun Rx. / 10 of pentacles Rx.
人間のふり
2024/10/08
悪たし
「皆がね、正継も一緒に行こうって」
黒永のスマホには、テーマパークのウェブサイト。
「どう断る?」
制服を着崩した黒永は、髪には整髪剤、顔には薄らメイクを施している。こんななりだが進学校であるうちでも人気者だ。この人なつっこい笑顔がモテるとか。
俺は模範的着用法、仏頂面。道を歩く俺たちはどういう組み合わせに見えるのか。
俺は手元の本に視線を落とす。
「テキトーに」
「もう、いっつもオレ任せなんだから」
「まずお前が持ち込んだ厄介事だ」
「そうだけどー」
膨らんだ頬はすぐしぼみ、口角と共に持ち上がる。
「ま、人間とのなれ合いはオレの仕事だね」
バス停の列に並ぶ。目の前の学生たちが円形に集まっている。手にはゲーム機。同じ制服。校則違反だ。よくやるよ。
彼らは画面を突き合わせ、声を上げて笑い、背をそらして笑い、肘で小突き合う。
「正継には無理だよ」
ドキリとする。見上げる。黒永はニコニコしている。
「正継ゲームやったこと無いじゃん」
「……元々やるつもりは無い」
「ふーん」
俺は本を読みつつ、前を盗み見る。
周囲への迷惑も校則違反も気にしない、所詮目先の楽しさに釣られている人間たちだ。勝手にやってればいい。俺はしない。
――俺に人間のふりはできない。
手が力む。本当にそれでいいのか。
「いいよ」と、上から聞こえた気がした。
tarot
4 of pentacles Rx. / 8 of cups Rx. / the world
エゴの献身
2024/10/09
とな天
かごに入った大量のメロンパン。ダンは一つ取り出し、円いシールを剥いで紙に貼る。点線の枠から大きくずれている。同じシールが同じような雑さで集まっていた。
「君にしてはマメだな。貼り方は雑だが」
「わかりゃいいの」パンを口に押し込む。
用があり令城家を訪れた僕に合わせて、ダンは夕食を食べ始めた。端的に言えば嫌がらせである。つくづく性悪な男だ。
ダンの手元の紙を見る。懸賞の応募用紙で、シールを規定枚数送るとアニメグッズが当選する。九十家でも収集している。
「君はその作品に興味が無いはずだが」
「ボクはね。西クンは好き」
眉間に力がこもる。つまり懸賞のグッズは西勇人に渡し、その貢献で間接的にヒサに媚びを売ろうというわけだ。
「利己的だな」
「オマエは嫌いだろうね、不純な献身とか」
ダンは水を飲み、口内の物を喉へ流し込む。パン袋を丸めてゴミ箱に投げる。食事開始から数分。随分な早食いだ。人のことは言えないが。
「でも、それでいいんだってさ」頬杖を突く。「人の動機なんてそんなもん。それでも人を助けられるなら、それはしてよかったことなんだ。……これ、受け売りね」
自嘲気味に笑う。僕は目をそらす。誰の言葉か心当たりがある。
僕はパンを手に取り、開ける。甘い匂いに顔をしかめるが、息を止めて食べる。
「人んちのパンだよ」にやりと笑う。
「この量では期限までに食べきらないだろう。食品ロスを見過ごせないだけだ」
「ボクはカビても食べるけど」
「……、さすがに止めろ」
tarot
9 of wands / 9 of cups Rx. / the hierophant
死の選択肢
2024/10/10
愛まほ
手元にはいつだって死ぬ選択肢がある。取り出した煙草の箱は端が少し欠けていた。箱全体に潰れた跡が残っている。元の持ち主の乱雑な管理が目に浮かぶ。
俺は煙草をジャケットにしまう。
今日も人生は変わらない。寂れた裏路地、閑古鳥の鳴く古本屋。カウンターで商品を読んでいればいつの間にか夜になる。家に帰ればテレビをぼんやり眺めながら夕食を終えて、寝る。
変わったのは、伊方がいないこと。
伊方の葬式は先日終えた。多くの人が伊方のために泣いていたのを覚えている。
俺は、泣けなかった。自分でも冷たい人間だと思う。それとも俺が泣いたら責められるだろうか。殺した張本人が、と。薄ら自嘲する。
今日も店番と読書。章の区切りで本を置き、ジャケットから煙草を取り出す。
箱の側面をなでる。紙の質感がありながら指の引っかかりが無い。少し揺らすと中で物が転がる音がする。片手で箱を開けて、そろった吸い口を見つめる。
もう一つ、変わったのは。死ぬ選択肢が増えたこと。
ふとしたときに煙草を眺める。箱を開けたり、一本取り出したりすることもある。……だが大抵、元通り箱を収めて、ジャケットにしまう。一番心臓に近いところへ。
俺はずっとこうして生きていくのだろう。あの日の選択を何度でも繰り返す。そして何度でも同じ選択をする。
この煙草がある限り何度でも選ぶし、選べる。
俺は生きていく。お前がいない日常を。
tarot
queen of pentacles / 5 of cups / the moon
悪魔の墓参り
2024/10/11
悪たし
悪魔に骨は残らない。死んだ時点で体を失うからだ。それでも俺たちは墓を建てた。
秋の彼岸を過ぎ、冬支度を控えるこの時期は、墓地に人が少ない。冷たい風が通り過ぎ、コートの襟を深く重ね合わせる。
『お墓ってどれも同じに見えるなぁ』頭の中で黒永の声が鳴る。
『わからんくはない』俺も頭の中で返す。
大口家の墓に着く。石はまだ新品の輝きを残していたが、少し黒ずみが目に付く。軽く合掌し、墓石を掃除する。道すがら買った花を供え、もう一度深く合掌する。
死神曰く、魂に由来する物が集まる場所はあの世に祈りが届きやすい。墓参りは合理的習慣なのだ。祈りに合理性を見いだすのは、自分でもどうかと思うが。
あなたならどう言うでしょうか。……きっと夢のあるたとえ話をするでしょうね。
俺は手を下ろす。
『何を祈ったの?』
『特には』
『えー。オレはちゃんと祈ったよ』
『はぁ、お前が? 何を』
『正継はオレが守るから安心してって』
『魂だけの存在のくせに』鼻で笑う。
『笑ったなー!? ならこうしてやるっ』
右腕が強く振り上げられ、出口の方へ引きずられていく。
『おいっ、止めろっての!』
引きずられる中、振り返る。墓に向けて自然と笑みがこぼれる。
父さん。俺は幸せです。あなたがいてくれたから、今、こうしていられます。
また会いに来ます。また話しに来ます。あなたと共に眠るその日まで。
tarot
3 of swords Rx. / the high priestess / page of cups
天使の墓参り
2024/10/12
とな天
天使の墓は誰も知らねぇ。天使に近しい者を除けば。
天専研の一角にある霊園には統一された墓石が並ぶ。オレとツクモは黒吉とレイの墓を訪れた。喪服を模した天専研職員の制服はこの場に似つかわしい。
墓の掃除は他の職員がやっている。ツクモが花を供え、オレが線香を立てる。
ツクモは墓前にしゃがみ、楽しげに話す。仕事が大変なこと、施設で迷子になったこと、職員用娯楽施設でルーレットの大当たりを出したこと。
自身のことも話した。ツクモは天使の力の制御を修行している。今後の技術向上と研究進展で多くの人間を救える。天使の社会復帰や職員の実質的軟禁の緩和等々。
「金星くんも大活躍だよ」
オレは目をそらし頬をかく。
「すごい体質なんだって。研究も進んでるし、率先して現場に出てて尊敬されてる」
「おい、んな報告すると馬鹿にされるだろ」
喉を鳴らし、声を低めて仰々しく話す。
「ヒサに遠く及ばない功績でよくふんぞり返っていられる……とか言ってるぜ」
ツクモが吹き出し、笑みと癖を含んだ高い声を出す。
「せいぜい組織の犬として馬車馬のように働くことだね~、って言ってるよ」
「ははっ、違いねぇ」
話しながら空想の返しを出し合う。
黒吉、レイ。そっちはどうだ。……地獄は苦しいか。お前らが残したものは無駄にしない。お前らがぶち壊した世界の未来は希望に変えてやる。
せいぜい地獄で笑っとけ。次会うときは、美味い酒でも飲み交わそう。
tarot
the hermit / the star / justice
- 1
- 2
- 3
- 4
- 5
- 6