掌編小説『いつかまたここへ』
概要
百合(ロマンシス)掌編小説です。
本編
和久井華は幽霊だ。褐色肌、金髪、ブラウスとスーツパンツ、全てが半透明の体の奥に、夕日で照らされたブランコが見える。
「つぼみ」
ハンドシャベルで地面を掘り返していた和久井が名前を呼ぶ。
「これ?タイムカプセル」
共に掘り返していた寺西つぼみが、まくったセーラー服の袖で白く太い首を拭う。地面からクッキー缶を取り出す。
「こんな缶に入れてたんだ」と寺西。
「つぼみが忘れてるんじゃ、あたしが覚えてるわけないな」
幽霊の和久井は自分の名前すら忘れていたのを寺西は思い出す。
缶を開ける。中身は、リボンとフリルのストラップ、折れ目のある文庫本、飴、消しゴム、バラバラの付箋など……。
「このストラップ、はなちゃんの宝物だよね」
「そうなの?」
「そうなの、雑誌の付録で作って、おしゃれにできたんだって喜んでた」
和久井がどことなく納得する。
「この本は?」
「私が好きだった本。でも読めない漢字が多くて、十年後の私に読んでほしくて」
「あれかぁ。血とか臓物が飛び交う小説。昔からそういうの好きだもんね」
和久井が笑い、寺西がはにかむ。
「もっと別のこと思い出してよ」
「だって園児がこれ好きで、今も好きなのすごいもん」
「笑わないでよ」
「だって」和久井が穏やかに目を細める。
「かっこいいじゃん、好きをずっと貫いてるの」
寺西がうろたえる。無邪気に缶の中身を手にとる和久井は、生前の、仕事一筋で隙の無い和久井と別人だった。
寺西が俯く。
「いつからか、勝手に思ってたの。貴方には理解されないだろうって。おしゃれで、若いのに仕事してて。それでずっと疎遠で。こんなことになるなら、もっと早く友達に戻るべきだった」
「……ずっと友達だよ」
キツく組んだ寺西の手に和久井がそっと触れる。
「思い出した。あたしつぼみに憧れてた。誰に何言われても好きを貫くアンタになりたかったんだ。最後に思い出せてよかった」
和久井の体が透けていく、急いで掴んだ手がすり抜ける。
「もう一度っ」寺西が叫ぶ。
「タイムカプセル埋めるから、だから、十年後にまた、」
消える直前の唇が、「会いにくるよ」と言っているように見えた。