悪たし短編小説『いいよね』

概要
- 拙作小説『悪魔の正しい死に方』の短編小説です。
- 本編前の黒永愛一のお話です。
本編
抱えていたチョコの袋や箱を、バサバサとゴミ箱へ落とす。メッセージカードの束をちぎって捨てる。「黒永くんへ」「愛一へ」の部分は細かくちぎる。元の持ち主がわかると、なんでか返されたり、怒られたりする。だから学校に物を捨てるときは気をつけてる。
先生が使う方の玄関から校舎裏へ。人間が一人で待っていた。オレより頭一個以上小さくて、スカートの制服を着てる。たぶん女の子。オレは前髪を指でなぞり、女の子の顔っぽいところに笑いかける。
「話ってなあに?」
女の子は脚をもじもじして、背中に隠していた手を差し出す。手にはお菓子の袋。
「安藤くんに渡してください!」
「えっ」
女の子はお菓子を押しつけて逃げていった。
ぽかんとする。よくわかんないまま、渡されたお菓子の袋を見る。ピンクのクリア袋に大きなリボン。中には二つのマドレーヌと、メッセージカード。マドレーヌはお店で売ってるのよりペチャンコで、焼きムラがある。
カードを取り出す。へにゃへにゃの文字で「安藤正継くん、ずっと好きでした。付き合ってください」って書いてある。
マドレーヌを食べる。もぐもぐ。うんうん。オレが作った方がおいしい。
玄関に戻ってゴミ箱にマドレーヌを捨てる。カードはしっかり破って捨てる。
あの子はぜーんぜん釣り合わない。
ダメだしその一!他人にチョコを任せる。ダメだしその二!いきなり手作り。ダメだしその三!マズい!
ザンネンだけどあきらめてね。心の中で話しかけた。
壁の時計を見てから校門へ行く。校門で正継が待ってた。かっちり制服を着て、でも髪はちょっとボサボサで、隅っこで本を読んでいる。オレが近づくとこっちを見上げて、細い目でにらんだ。
「待たせすぎ」
「ごめーん」
歩き出した正継の隣に跳ねて並ぶ。
皆が帰る道の反対へ。家の並ぶ道は人が少なくて静かだ。オレはカバンから箱を取り出して、正継にあげる。
「ハッピーバレンタイン!」
正継は困った顔をして、受け取った箱をじっと見る。黒い箱の窓の中に真っ赤なマカロンが敷き詰めてある。
「今年も気合い入ってんな」
「ふふん、すごいでしょ」
「はいはい、すごいすごい」
リュックにチョコをしまってため息を吐く。
「今年もお前の一個だけだ」
「他にも欲しいの?」
「いや……」そらした目をこっちに向ける。「どーせお前は死ぬほど貰ったんだろ」
「もちろん。オレ、モテるから」
「嫌味か?」
正継がオレのカバンを見る。ちょっと悲しそうな顔をした。
「やっぱり捨ててきたのか?」
「うん、いらないもん」はっきり答える。「お店のでもなきゃ手作りなんてマズいし。人間って余計な物いれるし」
「余計な物?」
「髪とか血とか? 人間ってたまにおかしな味覚してるよね」
正継は顔を引きつらせる。口を結んでから、ゆっくり言う。
「その、人に好かれるのも大変だな」
「でも正継には縁が無いから大丈夫だね」
正継がむっとする。
「いちいち嫌味な奴だな」
「実際、メンドーなことイヤでしょ? 恋人ってめんどくさいよ」
「それは、お前が言うと説得力ある」
目を細めて、遠い地面を見つめる。
「お前の言うとおり恋人なんて縁無いし、作る気も無ぇよ」
「そっか!」
「なんでうれしそうなんだよ」
「べ~つに~」
あっ、と声が出る。
「お返し、今年は期待してるよ」
「覚えてたらな」
オレは頬を膨らませる。
「毎年覚えてるくせに~」正継の肩を揺らす。
「覚えてない」
「オレはあげたよ? すごく時間をかけたすっごくおいしいお菓子」
「いちいち面倒だなお前は。どうでもいいだろ菓子なんて」
「どうでも良くないよ」
大きい声が出た。正継の目が丸くなる。
「お返しするの、イヤなの?」
「嫌……ではねぇけど」
「じゃあなんで?」
正継は顔をそらし、制服の裾を握る。「だって」と声をこぼす。
「こんなすげーチョコ貰ったら、何返していいかわかんないだろ。料理も上手くねぇし、店も知らねぇし」
「オレは正継のお返しだから欲しいんだよ」
指を組んで肩を落とす。右の人差し指で左の指をこする。
「オレがめんどくさいなんてわかってるよ。だから嫌われちゃうし仲間になれない。オレが友達だって思えるのは正継だけ。だから正継にも、同じくらい友達だって思っていてほしい。一度でもいいから、貰ってうれしかったチョコが欲しいんだよ」
二人とも無口になる。ちらりと正継を見る。正継もオレを見て、前を向いた。
「……なんか考えとく。期待はするな」
オレはパアッと顔が明るくなる。
「すっごく楽しみにしてる!」
「だから期待すんなって」
やれやれと頭をかいて、息を抜きながらニヤリとする。
「黒永がいるかぎり、面倒くさいことには困らねぇな」
「オレも正継がいるかぎりめんどう見る友達に困らないよ」
「は? 面倒見てやってんのは俺だ」
「オレ以上に正継はめんどうくさいからね。だからチョコも一つ」
「お前、しおらしくしてたと思えば……!」
正継が「お前は捨ててるからゼロだろ」なんて言って、オレが「お店のはあるからゼロじゃないもん」なんて返す。あーだこーだ言い合うこの時間がオレは好き。
こんなことができる友達がいるって幸せだ。正継もそうだって信じてる。
オレは友達さえいれば他には何も望まない。
だから、正継もそれでいいよね?