とな天短編小説『蝶蓮獄』

目次
概要
- 拙作ゲーム『となりのクラスの知らないあの子は天使になったんだ』の短編小説です。
- ED3の令城談のお話です。
- 本小説および原作ゲームのジャンルはブロマンスであり、キャラクター同士に恋愛感情はありません。ただし本小説には、人によってBLとも捉えられる描写を含みます。
本編
紅蓮が一面に咲き誇る。紅蓮の庭と白い空が水平線で分かたれて、境目から日が昇る。日から遠ざかるほど藍が深まり、藍の中から黒い蝶の群れが飛んでくる。日が翅に映り、黒がきらめきながら明るい方へ舞う。
水に埋め込まれた石畳の道が太陽へ続いている。ボクはその上で立ちすくんでいた。
「きれいだね」
声の方へ向く。暗い褐色肌に、真っ黒のタキシード、黒髪の三つ編み。緩く編んだ先で結び目に白い花飾りを付けている。ボクより頭一つ低く、白いブーケを抱えてる。長い前髪も、その中で見とれる丸い瞳も、滑らかな爪も、タキシードの襟も、蝶のように輝いていた。
ボクはつい声が出る。
「ひーくん、似合ってるね」
キミは誇らしげに返す。
「談くんもね」
自分の服を見下ろす。おそろいの真っ黒タキシード。右目、後ろ髪と手を当てる。白く大きい瞳孔と、瞳孔を中心に広がる青いあざ。長い前髪を編み込んでこめかみに流し、うねるセミロングをゴムで束ねていた。
ひーくんはボクの手を取って歩き出す。自然と足が動き出した。
石畳をどれだけ歩いても、湖には紅蓮が咲き、蝶の行進は終わらない。朝日はずっと正面にいる。方向感覚がおかしくなりそうだ。風船のようにキミに引かれている。
ひーくんの言葉で意識がここに戻る。
「今日は友情結婚式だからね、めいっぱいオシャレしたんだよ」
「友情結婚式?」
キミはきょとんとする。
「最近流行ってるから、やってみたいねって言ってたでしょ」
思考が一瞬止まって、
「そうだ、そうだったね」
と納得した。感覚が体に戻ってくる。
道の先に東屋が見えた。六角形で、木製の屋根には丁寧に瓦が積まれている。屋根の周縁から枝が垂れて、白いバラが柱や柵に咲いている。
東屋の下は少し光が落ちて、朝より少し前の時間になる。キミの背で、柱の間から柔らかい四角形の光が差す。
ボクらは向かい合い、ひーくんはブーケを持ち直す。全てが白いブーケだった。大きいユリを中心に、バラ、スズランが丸く詰まり、大きなリボンに包まれている。葉まで白い。東屋とキミの腕の中では最も明るかった。
友情結婚式をする二人は、それぞれ誓いの言葉を述べて、花束にキスをする。二人とも誓えば儀式は成立だ。
ひーくんが微笑む。凹凸の少ない唇を引くと、薄くリップクリームの艶が見えた。
「約束しよう。俺は永遠に談くんと友達だ。うれしいことも、つらいことも、きみと分かち合い、共にいることを誓うよ」
しっかりと手を組み、ユリを飲むように肩を丸めて、口づける。まぶたを閉じたまま祈る。
見上げて、ボクにブーケを差し出す。手に手を添えて、踏み込みながら引き寄せる。
ふと気づく。キミの手が温かい。手でひよこをくるんでいるような温かさだ。
キミの手は、もっと。
「談くん?」
心配そうな顔。ボクは口を結び、手を体の横に戻す。
「ごめん、誓えない」
キミの下まぶたが引きつる。息を呑んだまま言葉に詰まっている。心が痛んだ。それでも本当のことを言わなくちゃいけない。
「キミはホントのキミじゃない。だって、ボクはもう死んでるんだから」
思い出した。ボクは世界滅亡を企んでいたが、共犯者を道連れにして死んだ。キミを巻き込まないために。
景色を見渡す。朝と夜の空の中で、紅蓮と黒蝶が細かな光を反射する。夜も朝も終わらない。きっとずっと終わる前なんだ。
心の底から感嘆する。
「地獄はこんなにキレイだったんだね」
キミを見る。呆然としていたキミは、潤む目を押さえ込み、胸にブーケを当てて、体を縮こめる。
「俺は本当だよ」涙声で息を吸う、言葉で吐ききる。「ここが地獄でもいいじゃないか、どこでだってきみと俺なら乗り越えていける。きみのためならなんでもできるだから」頭を落とす。「だから、……ここにいてよ」
ボクは口端を片方引く。
「キミはボクが欲しい言葉をくれる。ボクは幸せ者だ。だからこそ幸せになれない。ここは地獄なんだから」
地獄はきっと知っている。ボクは何一つ後悔していない。地獄が罰なら、ここでボクが一番苦しくなることを知っている。
それに、と苦笑する。
「ホントでも、そうじゃなくても、キミを地獄にいさせるようなこと、ボクはできないよ」
顔を上げたひーくんは、赤い目を袖で拭い、巻いた小さい唇を開く。
「もう一度、誓い直してもいいかな」
うなずく。キミは背筋を伸ばし、口までブーケを掲げる。
「談くんがどこにいても幸せでありますように。どこにいても、俺はきみの幸福を祈るよ」
少し顎を引いて花を引き寄せる。瞳をまぶたで閉じ込める。
目が開き、顔を離れる花にボクは手を添えた。キミが止まってから、ボクの口元へ引き寄せる。花の向こうで目が合う。ささやく。
「ひーくんがどこにいても、どんな姿でも、幸せでありますように。ボクは、どこにいても、どんな姿でも、キミの幸福を祈るよ」
ユリに口を埋める。目を閉じる。鼻から喉へ抜けていく草原の香りは、どこか蜜が絡む。体の中に風が通っていく。
顔を上げると、キミは笑っていた。首を傾げ、頬を持ち上げて、下唇に力を込めている。ボクも笑い返した。悔しくて、誇らしかった。
ふっと体の力が抜ける。右の視界が欠ける。左の目で、右目から蝶が飛び立っていくのを見た。たくさんの蝶がキミの側頭を通り過ぎて、左目がなくなる頃にボクが蝶になっていたことを知る。
立ちすくむキミを包み込む黒い群れは、東屋を飛び出し一斉にはじけていく。残り一匹になった。ひらひら、ゆらゆらと飛び、キミが差し出した人差し指に乗る。呼吸のように翅を開閉する。キミが少し顔を寄せて、ささやく。
「待ってるよ」
手を東屋の外に差し出す。朝日を目指して飛び立った。