とな天掌編小説集『短く永く』試し読み
概要
- 拙作ゲーム『となりのクラスの知らないあの子は天使になったんだ』を題材とした掌編小説集です。
- 一つの話は140字で統一しています。
- 本小説集は全年齢対象ですが、題材にしたゲームは十五歳以上推奨です。そのため本来十五歳以上に推奨される設定や描写の示唆が含まれます。
バス
ヒサとバスに乗る。そわそわするヒサ。「降車ボタン、俺が押してもいい?」了承するとそっとボタンを押す。ベルが鳴り「おお!」と言う。「小説で見たことあって、押してみたかったんだ」他にも叶ったことがあるらしい。回数券を取る、車内放送を聞く、友達とバスに乗る。「今日だけで三つも叶ったよ」
橋の下の花
橋の下でツクモがしゃがんでいた。オレに驚く。「たまに人が溺れてるから気配あると見に来んだ」ツクモの前に白く丸い花が一輪咲いている。「かわいくて見てた」「ここで咲くなんて根性あんな」スマホで花を撮る。「御利益ありそうだろ」ツクモもスマホを取り出そうとして、「忘れた」と肩を落とした。
めーる
ひらがなだけのメールが届いた。「ひらがなの打ち方を覚えたから送ってみた」とひーくん。いつかチャットでも話そうねと返すと、少し時間が経ってから、丁重な快諾が顔文字付きで届いた。キミはこれから色んなことを知る。誰にでもある日常の喜びから悲しみまで。だけど一つ一つがキミの幸せなんだね。
本の遊園地
九十と図書館に来た。入口で分かれ、昼頃入口に戻る。九十はいない。探しに行くと、九十は厚い大型本が並ぶ棚で静かに本を読んでいた。傍らに数冊積んである。おれに気づき「ごめん」と焦る。「好きなだけ本が読めるの初めてで」「九十にとって本の遊園地だな」「確かに!ならお土産持って帰らないと」
一人称交換
一人称を交換する遊びをした。まず僕が言う。「ヒサはいつも面白いことを思いつくね。俺、振り回されっぱなしだ」得意げなヒサが言う。「どうだい、僕のことちょっと見直しただろう」つい吹き出してしまう。「俺の真似まですることないだろ」「確かにそうだ!僕なんだかつられちゃって」ヒサも笑った。
絵と嘘
「絵の描き方を教えてくれ」苦虫を噛み潰したような金兄曰く、絵を描けないことを幼稚園でガッカリされたとか。まず実力が知りたいので紙とペンを渡し猫を描かせる。線を一本引き、うなり、また引き、頭を抱える。「苦行でもしてんの?」「絵ってある種嘘を吐くようなもんだろ」「ホントに苦行だった」
王様ゲーム
「令城って王様ゲームで最強だよな」「ボーッとしてると思えば、何考えてんの」流れで王様ゲームをする。ダイスアプリで小さい目の方が王様。おれが0、令城が9。「ま、能力あっても当てなきゃ意味ないね。で、王は何がお望み?」にやつく令城。少し考える。「特に無いな」「向いてないね王様ゲーム」
異世界と同じ
カメラロールは雑貨屋さんみたいだ。ゲーム画面、ごはん、風景。「いいなと思ったらつい撮っちゃって」とニシくん。俺はうんうん頷く。「特に前世と同じ風景は、違う世界でもここは変わらないんだって、なんかホッとして」「じゃあここを見れば異世界を見たのと同じだね」「それは、どうなんだろ……」
空
家の縁側が俺の指定席だった。八年前のこと。「いつも何見てんだ?」隣に座る金星くん。「空」「空?」見上げて頬杖を突く。「飽きるだろ」「そうでもないよ」雲の形、天気の色、時間の色、それらの変化を説く。一時として同じ空は無い。「言われると確かに。案外面白ぇな」しばらく空を見て過ごした。
お見舞い
薬を飲んでも体は熱く重い。このまま死ねたらいいのに。うなされていたボクは呼び鈴で目覚める。玄関にはひーくんがいた。「なんで」「超能力だよ」差し入れのレジ袋を受け取り、普段の調子で喋る。「おかげで元気になったよ」そっか、と微笑まれる。「また学校で」「またね」レジ袋をぎゅっと握った。
異端
「普通の生活がしたくて、元の世界に一番近いとこに来たんだ」僕は朗らかさを装う。「それでも違う世界だから、大変だろ」「大変なこともあるけど、皆のおかげでなんとかなってる」困ったように、だが満たされたように言う。嘘であれと願う。でなければこの世界で満たされない僕の方が異端じゃないか。
話題の映画
「つまらないな」黒井が足を組み直す。ボクは食卓にもたれる。「話題の映画だよ?」「違法入手までする価値は無いな」テレビを見続けていると、薄暗い家の中、少年が父親に殴られる映像が流れ出す。ボクは口を押さえる。黒井が席を立つ音。「これ、今度友達と観るんだ」慣れないと、と言う前に倒れた。
僕の復讐
僕はピアスを触る。墓地にキンセイの感情が見える。祈念、懐古、憎悪、闘志。彼の感情からも自分の感情からも目を背ける。復讐したいならすればいい。やられたらやり返す、自然な反応だ。僕もそうした、君もそうすればいい。一瞬垣間見えた、情と哀れみを、期待と憤怒を、押しつぶすように手を握った。
君の復讐
オレはピアスを触る。元は親父の癖だった。憧れから始めたこの癖は、今では違う意味を持つ。墓を見ながら思う。黒吉、手前は何を考えてる。何故人を殺す。親父を、父親を、何故。手前が言えねぇなら、オレが本音を引きずり出してやる。そして全部受け止める。それが手前にしてやれる一番の復讐だった。